侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄。基本的に週休二日制。日本代表ネタ、国際大会ネタがないときは野球カードでつなぎます。お許しを。

侍J歴代メンバー

【1967年 第7回アジア野球選手権大会】

捕手・田淵幸一その2。

【1966年世界アマチュア野球選手権大会】

監督もコーチも兼内野手。

【1965年 第6回アジア野球選手権大会】

キャッチャー田淵。

【1963年 第5回アジア野球選手権大会】

積水化学という日本代表。

【1962年 第4回 アジア野球選手権大会】

日本石油という日本代表。

【1959年 第3回アジア野球選手権大会】

助監督兼外野手という異能。

【1957年 第3回グローバル・ワールド・シリーズ】

グローバルワールドシリーズも第3回で幕を閉じた。

【1956年 第2回グローバル・ワールド・シリーズ】

藤田元司がいるよ。

【1955年 第1回 グローバル・ワールド・シリーズ】

そういえば、MLB チャンピオンとNPBチャンピオンが激突するグローバルワールドシリーズ構想が、10年くらい前にあった。

【1955年 第2回 アジア野球選手権大会】

杉浦忠、長嶋茂雄などがいるジャパン。

【1954年 第1回アジア野球選手権大会】

監督の所属チームから選手がゾロゾロ。

【1951年 日米野球】

別所、杉下、金田、藤村、千葉、川上。レジェンドジャパンである。

【1940年 東亜競技大会】

コーチではなく会計という役職。

【1934年 日米野球】

ベーブ・ルースが来たとき。

【1931年 日米野球】

アメリカ野球に勝つことが日本野球の最大の目標だった。