田中将大の日本球界復帰が決まり、そうなるとどうしても考えてしまうのが、東京オリンピック参戦、すなわち侍ジャパン入りである。
考えてしまうのだが、東京オリンピック開催がどうなるのかわからない。現在の世界のリアルを鑑みれば、オリンピックが平和の祭典であるならば、今年は中止すべきなのかもしれない。でもオリンピックが平和の祭典だった記憶は特にないな。スポーツのビッグイベントは利権まみれである。まあ開催してもしなくても、どちらでもいいと思う。
とにかく複雑な気持ちである。田中将大が8年ぶりに侍ジャパンに戻ってくるかもしれない、でも新型コロナでオリンピックどころではないかもしれない。でも新型コロナの影響による日本球界復帰でもある。はてさて、である。
というわけで東京五輪開催は現実的ではないのだが、妄想は自由である。いつだって自由である。田中将大が日本代表に戻ってくればなあ、と妄想するのは自由である。そんなわけで田中将大の侍ジャパンの戦績をふり返ってみようと思う。
2005年、高校2年で第6回AAAアジア野球選手権大会(現BFA U-18アジア野球選手権)のU-18代表に選出された。同大会には山口俊、辻内崇伸、平田良介、堂上直倫、川端慎吾などが選出されている。
2008北京五輪
3試合 7回 27打者 3被安打 3四球 9奪三振
防御率0.00
北京オリンピックの星野ジャパンが、いわゆるトップチームへの初招集である。プロ2年目での代表入りで、チームでは最年少だった。
先発での出場はなかったが、予選リーグ第1戦キューバ戦で3番手としてトップチームデビューを果たした。その後も予選リーグ第3戦オランダ戦、第7戦アメリカ戦に登板した。特にアメリカ戦ではダルビッシュのあとを受けて3回から登板し、5イニングを2安打無失点に抑えた。
2009WBC
4試合 2.1回 11打者 3被安打 5奪三振
防御率3.86
北京オリンピックの翌年に開催されたWBCに、北京同様に最年少で選出された。
1次ラウンド中国戦、2次ラウンド韓国戦(2試合)、準決勝アメリカ戦に登板した。失点は2次ラウンド1位決定戦となる韓国戦でのホームランによる1点のみで、あとは無失点に抑えた。計7つのアウトのうち5つが三振でのアウトである。
2013WBC
4試合 7回 29打者 10被安打 12奪三振
防御率2.57
1次ラウンドのブラジル戦、キューバ戦、2次ラウンのド台湾戦、オランダ戦に登板した。ブラジル戦は日本の開幕戦で、田中は初の先発を任されている。だが先発での出場はその1試合のみで、あとは中継ぎ登板である。
ブラジル戦では、開幕前の強化試合でも立ち上がりに不安があったためか、田中は2回1失点で下げられてしまった。その後は中継ぎにまわったわけだが、田中は前田、内海とともに先発三本柱を任されていたのに、あまりにも早すぎる決断だったような気がしないでもない。とはいえ、中継ぎ登板でも全試合で失点しているので安定感に欠けていたのは間違いない。現時点ではこの2013WBCが田中将大の最後の日本代表である。
なんとなく意外だが、田中将大は侍ジャパンでは先発は1試合のみである。しかも2回で降板している。最も安定していたのがプロ2年目で招集された北京オリンピックだったのも面白い。若さかもしれないし、五輪とWBCの使用球の違いかもしれない。残念な結果に終わった2013WBCであったが同年のシーズンでは無双状態となり、24勝0敗というアンタッチャブルな成績でチームを優勝に導いたのは周知の通りだ。
妄想オリンピックの妄想侍ジャパンの招集に田中将大様が応じてくれるのなら菅野、千賀と共に先発三本柱の一人として、うんぬん、という妄想はまた今度にしようか。
一人一人がそれぞれの場所で踏ん張るんだ!でも頑張らない!怠けないこと!
そんな感じで。