侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄

20200725200428

【侍ジャパンの歴史・記憶 04アテネ五輪】長嶋監督不在の長嶋ジャパンという十字架。

2004年アテネ五輪

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日本代表メンバー

監督          
33 中畑清       
コーチ         
32 大野豊       
31 高木豊       
投手          
11 清水直行 千葉ロッテ
13 岩瀬仁紀 中日
15 黒田博樹 広島
16 安藤優也 阪神
18 松坂大輔 西武
19 上原浩治 読売
20 岩隈久志 大阪近鉄
21 和田毅 福岡ダイエー
30 小林雅英 千葉ロッテ
61 石井弘寿 ヤクルト
捕手           
9 城島健司 福岡ダイエー
59 相川亮二 横浜
内野手         
2 小笠原道大 日本ハム
5 中村紀洋 大阪近鉄
6 宮本慎也 ヤクルト
8 金子誠 北海道日本ハム
25 藤本敦士 阪神
外野手          
1 福留孝介 中日
10 谷佳知 オリックス
23 村松有人 福岡ダイエー
24 高橋由伸 読売
27 木村拓也 広島
55 和田一浩 西武

予選リーグ第1戦

イタリアvs日本

   1 2 3 4 5 6 7 R
JPN 2 0 3 1 1 4 1 12
ITA 0 0 0 0 0 0 0 0

(日)上原、三浦─城島、相川
【本】中村1号、福留1号

予選リーグ第2戦

日本vsオランダ

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
NLD 1 2 0 0 0 0 0 0 0 3
JPN 1 1 0 0 2 0 0 4 X 8

(日)岩隈、石井、黒田、岩瀬 ─城島
【本】藤本 1号

予選リーグ第3戦

キューバvs日本

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
JPN 0 2 0 2 0 0 1 0 1 6
CUB 0 0 0 0 0 0 0 0 3 3

(日)松坂、石井─ 城島
【本】和田一 1号、城島 1号、中村 2号

予選リーグ第4戦

日本vsオーストラリア

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
AUS 0 0 0 3 0 0 3 3 0 9
JPN 0 0 0 1 3 0 0 0 0 4

(日)清水直、岩瀬、三浦、石井、安藤 - 城島
【本】福留 2号

予選リーグ第5戦

日本vsカナダ

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
CAN 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1
JPN 2 1 1 3 1 0 0 1 X 9

(日)和田毅、岩瀬、小林雅 - 城島
【本】高橋由 1号、谷 1号、和田一 2号

予選リーグ第6戦

日本vs台湾

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
TWN 0 0 3 0 0 0 0 0 0 3
JPN 0 0 0 0 0 3 0 0 1X 4

(日)上原、石井、黒田─城島
【本】高橋由 2号

予選リーグ第7戦

ギリシャvs日本

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
JPN 0 1 0 0 0 1 4 0 0 6
GRC 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1

(日)清水直、岩瀬、三浦、小林雅─城島、相川
【本】福留 3号、高橋由 3号

準決勝

日本vsオーストラリア

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
AUS 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
JPN 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

(日)松坂、岩瀬─城島

3位決定戦

カナダvs日本

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
JPN 2 0 4 1 0 0 0 4 0 11
CAN 0 0 0 1 1 0 0 0 0 2

(日)和田毅、黒田、小林雅─城島、相川
【本】城島 2号

基本オーダー

1 RF 福留
2 SS 宮本
3 CF 高橋由
4 C 城島
5 3B 中村
6 LF 谷 
7 1B 小笠原
8 DH 和田一
9 2B 藤本

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アテネ五輪特集号

君たちは野球の伝道師であれ。
前年のアジア予選で、長嶋監督から日本代表のメンバーに向けられた言葉である。野球人口の減少に危機感を募らせる今の野球界にも向けるべきメッセージである。東京オリンピックにおける侍ジャパンの使命とは何なのか。
史上初プロ・アマ混合チームで挑んだ前回のシドニーオリンピックで、日本代表は初めてメダルを逃してしまった。もはやオールプロで行くしかないと日本球界は長嶋ジャパンを結成し、予選であるアジア選手権に挑んだ。結果は全勝でアテネ五輪出場の切符を手にしたのだが、翌年の2004年3月4日、長嶋監督が脳梗塞で入院というニュースが飛び込んできた。一度は具体的な監督交代も話し合われたが、全日本野球会議は5月に長嶋監督の続投を発表した。早期回復を期待しての決断であったが、医師団の判断で長嶋監督のアテネ行きを断念して代表チームの指揮はヘッドコーチである中畑清がとることになった。長嶋監督不在の長嶋ジャパンでアテネ五輪を戦うことになったのである。
日本代表のメンバー選考は、12球団から各2名ずつという、球団からすれば均等なわけだが日本代表としては歯がゆさの残る編成となった。アジア予選の代表チームからはメジャー移籍した松井稼頭央や井端、二岡などが外れた。
オーストラリア代表にタイガースJFKのウィリアムズ、後の代表監督デビッド・ニルソンなどが選出されていた。台湾代表にはヤンキースで最多勝をとるこになる王建民がいたのである。

For The Flag
日本からアテネの日本代表に向けて長嶋監督が掲げたスローガンである。日本代表は球場のベンチに、長嶋監督のユニフォームと、監督自らが自由の利かない右手に代わり左手で「3」を刻み込んだ日の丸を掲げて試合に臨んだ。

予選リーグ第1戦のイタリア戦、初戦の先発はやはり上原浩治である。打線は中村紀、福留のホームランなどで大量12得点。投げては上原、三浦の完封リレーで7回コールド勝ちと幸先の良いスタートだった。
つづく2戦目のオランダ戦はチーム最年少の岩隈が先発。好調なレギュラーシーズンのようなピッチングを期待されたが、初回に1失点、2回にはさらに2点を失い満塁で降板と悔いが残った。だが、4回から黒田が5イニングのロングリリーフと試合を立て直した。攻撃陣は宮本、高橋、城島、中村紀ら上位打線の活躍で8得点である。
3戦目は大一番となるキューバ戦。もちろん先発はエース松坂大輔「キューバに勝つのは私の悲願。普段通り集中してプレーするだけです」試合直前に日本の長嶋監督からの激励メッセージが伝えられた。2回に和田一浩の2ラン、4回には城島、中村紀の連続アーチで4点をリードする展開となった。4回裏、グリエルのライナーが松坂の右上腕部に直撃する。だが松坂は患部にテーピングを巻き、アイシングしながらその後もピッチングをつづけた。エースの気迫が流れつくり、2点を追加した日本代表。オリンピックの舞台で初めてキューバを撃破した歴史的勝利である。
翌日のオーストラリア戦、先発は清水直行。序盤は清水のペースで進んだが、4回にストレートを狙われ5連打3失点。福留の3ランなどで一時は逆転するが、三浦、安藤で6失点を喫して完敗となった。全勝で金メダルを目指した日本代表だが、格下オーストラリアにまさかの敗戦である。
残りのカナダ、台湾、ギリシャ戦には順当に勝利し、日本代表は予選リーグ6勝1敗の1位で準決勝進出となった。

準決勝の相手はオーストラリアである。2度も同じ相手に負けることは許されない。金メダルが至上命令であるならば、負けることは許されない準決勝。先発は当然の松坂大輔。キューバ戦での負傷で万全ではなかったが、初回を三者連続三振、5回まで10奪三振、被安打1、無失点と完璧な投球だったが、日本代表も点を奪えない。迎えた6回表。2アウト1、3塁から松坂はキングマンにタイムリーを浴びてしまう。この1点が決勝点となり、日本の金メダルへの道は閉ざされた。
3位決定戦の相手はカナダ代表である。先発は予選リーグと同じく和田毅。和田は初回からトップギアで3回を5奪三振、2失点と試合をつくった。打線は初回に城島の2ランで先制、3回には和田一のタイムリーで追加点をあげる。継投の黒田は3回を無得点、5奪三振の力投である。銅メダル。オールプロの長嶋ジャパンとしては最低限、とりあえず最低限の結果は残した。

オーストラリアは4勝2敗で迎えた予選リーグ最終戦のカナダ戦を落とした。カナダも共に4勝2敗であったが、オーストラリア代表は攻守の要のニールをスタメンから外すなど、0体11で敗戦にもっていった。準決勝でキューバではなく日本と対戦するためである。日本にはこのような駆け引きというか、戦略というものがなかった。全勝で駆け抜けて金メダル。これが日本代表がアテネ五輪で掲げた目標である。あまりにも素直、あまりにも愚直である。
日本は消化試合ともいえる予選リーグ最終戦で、野手のスタメンをまったく入れ替えることなく戦った。ここで予選1位通過にこだわる必要はまったくなかった。2、3位通過なら準決勝はナイターである。相手はオーストラリアかカナダと変わらない。決勝進出なら2試合つづけてナイトゲームとリズムをつくりやすい。予選リーグ最終日のスケジュールは日本には不利であったが(日本戦の結果次第で他国は戦略を変えることができた)、少なくともスタメン選手の体調を考慮した試合にはできたはずである。
オールプロの長嶋ジャパンは、国際大会においてはまったくのアマチュアチームであったことが露呈してしまったわけである。また、オールプロ故に全勝で金、という十字架。アテネに来ることすら叶わなかった長嶋監督の幻影。長嶋ジャパンは多くのものを背負いすぎた。言い訳かもしれないが、それは事実だろう。
2年後に、野球界においてまったく新しい国際大会が開催されることになる。アテネ五輪での課題が2006WBCでは改善されたのかどうか、それはまた次の機会に。


出せ、小さくたって大声を!