WBC2023韓国戦:ニッカン
令和5年3月11日の日刊スポーツ。
年が明けた。
冬の冷気がまだ路地裏に残る中、侍ジャパンの話題といえば「3月のオランダ代表戦までネタがない」などと、まるで人生に間奏があるかのようなことを言う人がいるが、違う。
ネタがないのではない。
ネタが我々を見限っているのだ。
というわけで、久しぶりに新聞。
「侍ジャパン新聞シリーズ」再開。
ページをめくる指先に、インクの匂いと国民的執念が絡みつく。
今日の題材はWBC2023、東京ラウンド第2戦。
韓国戦。
あの地獄の熱狂。
わたしは東京ドームにいた。
座席が震え、隣の知らないおじさんが泣き、知らない女子高生が叫び、知らない自分が立ち上がっていた。
日韓戦。
あの120%増しの熱量。
先発ダルビッシュ有。
名前を呼ぶだけで体温が上がる。
あのマウンドには国の記憶と狂熱と詩が虹のように弧を描いていた。

一面は吉田正尚。
この試合で5打点。5打点て。もはやひとりで国家を救っているじゃないか。
メジャー移籍1年目、普通なら辞退する。
「チームに慣れる」とか「キャンプに専念」とか言い訳して逃げる。
だが吉田は出た。
そして打った。
打ったというより、「答えた」
野球そのものに。
「お前は出るのか?」と問われて、「はい」と答えたのだ。
その一言が、日本の球史の奥深くに焼きついたのである。

紙面は見開きである。
優勝でもないのに、見開き。
新聞が興奮している。編集者の手が、なわわと震えていたに違いない。
「日韓戦に勝つ」という単語に、人間の脳は古代から抗えない。勝てば雄叫び。負ければ滅亡。それがこの二国の運命。

ヌートバーは危険球を投げられてお怒り。
怒る。
怒るヌートバー。
だが「ダイビングキャッチのほうを大きくしてほしかったぬーん」と誰彼が呟く。
わかるー。
怒りより愛嬌を見たいのが日本人の性。
だが、ヌートバーの怒りもまた芸術だった。あの表情には文明と野性が同居していたのである。

この試合の裏で、静かに起きた事件。
源田壮亮の負傷。
このときは扱いが小さい。だが運命は後出しジャンケンのように残酷だ。
この出来事が、2025年に真逆の結末を生むとは誰が予想した?
山川。源田。埼玉西武ライオンズ。
埼玉に何が起きているのか。
空気が熱くなりすぎて綱紀粛正の鐘が鳴る。野球の神よ、もう少し穏やかに試練を与えてくれ。

そして午後の部。
日韓戦の前に行われたチェコ対中国。誰も期待していなかった。だが、起きたのだ。
歴史的1勝。
9回表、ムジークの逆転3ラン。
球が空を裂いた瞬間、わたしの皮膚に電流が走った。
球場全体が「知らないはずの感動」に包まれた。
チェコ。野球の後進国。
だがその一発で、世界が少し拡張された気がした。WBCはただの大会ではない。
それは地球という惑星が「まだ成長している」という証拠だった。
だからわたしは思う。
日韓戦の勝利も、吉田の五打点も、ヌートバーの怒りも、すべてはこのムジークの一打に収束していく。
国境も、記録も、物語も、みんな繋がっている。
球は投げられ、打たれ、空に消える。
その瞬間、我々はほんの少しだけ未来を見たのだ。