WBC2023準決勝:ニッカン
令和5年3月22日の日刊スポーツ。
ああ、もう次回が来るというのか。
第6回WBC。
まだ夢が終わってもいないのに、また夢を見るのか。狂っている。
準々決勝から全チームがアメリカに集結するとかしないとか。もうその響きが黙示録だ。
球場の照明塔がセイレーンのように歌い、スタジアムの外ではコーンフレークを食べる神々がテレビを見ている。
そして日本の前に立ちはだかると予測されるのは──ドミニカ共和国。ベネズエラ。
ああ、その名前の響き。湿った夜の匂いと、陽炎のリズム。
WBCではまだ一度も戦ったことがない。
だからこそ、血が騒ぐ。脈拍がベースランニングしている。
東京ドームでは見られない?そんなことはどうでもいい。スクリーン越しでいい。
俺たちは光の粒となって彼らを見届ける。
電波の海を渡る、無数の侍の幽霊たち。
決勝どころか、準決勝に行くことすら地獄の門のように重い。
でも、それがいいのだ。
試練がなければ物語は燃えない。
苦難こそ、スポーツの燃料である。

さあ思い出せ。あの9回裏を。村神様が、やっと帰ってきた9回裏を。
大会中ずっと迷子みたいに振って、空を切って、ベンチでちょっと笑って、ちょっと泣いて、最後の最後で、やった。
逆転サヨナラタイムリー。
もうあれは「打った」んじゃない、「現象」だった。
打球がライナーで飛んでいくたびに時間が歪み、観客が叫び、空気が燃えた。
WBCにはドラマがある?そんなの当たり前だ。あれは神話の実況中継だったのだ。

新聞の一面が見開き。それは国家的祝日より重い。ページの境目が裂けて、歓喜がこぼれる。
吉田正尚が打った同点3ラン。
あのスイングは、まるで祈祷だった。グラウンド全体が祭壇になって、ボールが天に昇った。劇的とかそういう言葉では足りない。
あれは「火山の再起動」だ。

そして火をつけた男──大谷翔平。
9回裏、トップバッター。ヘルメットをぶん投げて、走る。走る、走る、走る。
誰も止められない。
あの瞬間、大谷はベースを踏んでいるのではない。地球を踏んでいた。二塁に滑り込んで、両手を掲げ、「行け」と叫ぶ。
その声が世界の重力を一瞬だけ軽くした。
あれを忘れるわけがない。
人類が、あのヘルメットの放物線で一瞬だけ救われたのだ。

だがその裏には、悲しみもある。
令和の怪物・佐々木朗希。4回表、3ランを浴びる。降板。ベンチ裏で泣いた。
泣いて、世界を憎んで、それでもマウンドを見つめていた。
ドキュメント映画で、俺たちはそれを見た。
つまり、涙もまた、物語の一部なのだ。勝利の下には必ず誰かの敗北が沈んでいる。それが野球であり、それが人生であり、それがWBCなのだ。
だから言う。
次の大会も、地獄だろう。
だがその地獄を笑って走り抜けるやつらがいる。
その姿を見たいのだ。
狂気と歓喜のあいだで叫ぶ侍たちを。
俺たちは再び、あの光の中へ戻っていく。
ヘルメットを投げ、叫び、泣き、燃えながら。それが、WBCという名の、野球界の祈りだ。
