U-18代表壮行試合:日刊スポーツ
令和5年8月29日の日刊スポーツ。
WBCが終わった。栗山が去った。監督が去るというのは、つまりは「野球の言葉」がひとつ死んだということだ。
グラウンドには風が吹き、ベンチには沈黙が落ち、球界全体がひとつの巨大な死後硬直を迎えていた。
それでも夏は来る。
高校野球。甲子園。慶應。107年ぶり。エンジョイベースボール。あの異様なハツラツさ。笑って走って泣かない少年たち。もはや野球というより宗教だ。青春を煮詰めて神酒にしたやつだ。
で、その優勝から6日後。まだ笑顔の跡が頬にこびりついているうちに、もう次だ。
U-18侍ジャパンの壮行試合。相手は大学代表。会場は東京ドーム。屋根の下の夏。閉じ込められた蝉の声。
ガム噛んで、トイレ行って、ガム噛んでGO、などと彼らは彼らだけの賛美歌を口ずさみ夏を謳歌する。

新聞一面には大阪桐蔭の前田悠伍。
だがこの試合、むしろ熱視線の先にいたのは大学代表だった。3番宗山。4番西川。5番上田。7番渡部。名前だけで胸が焼ける。打線がすでに神話。いや、就職前の神話の神たち。ドラフト上位候補たちが、未来の自分に向かってバットを振っていた。
人生の模擬試験。
バットを振るたび、未来が軋む。

大学代表の投手陣?もう地獄。
武内、上田、古謝、常廣。そして細野は158キロ。それはもう速球ではなかった。
空気の亀裂。音速の祈り。
観客の鼓膜が一瞬沈黙した。
「これが大学か」と高校生たちは思った。
いや、違う。「これが現実か」と思った。
高校代表は打てなかった。手も足も出なかった。でも誰も諦めなかった。諦めるということを知らなかった。それが彼らの最大の才能であるはずだ。
もういいじゃないか。
負けても勝っても、彼らは野球という名の呪詛に生まれたのだ。
グラウンドを走るたびに、土が鳴る。
それは死んだ夏たちの音だ。
東京ドームの天井裏で、まだ響いている。
「エンジョイ」なんて言葉じゃ足りない。
これは、呪いの継承だ。
俺たちは、まだ夏の中にいる。