第3回プレミア12 ドミニカ戦
令和6年11月19日 日刊スポーツ
来た、来た来た来た、紙面が朝から騒がしい。プレミア12オープニングラウンド、侍ジャパン対ドミニカ共和国戦をでかでかと叩きつけてきて、これはもう報道というより半ば事件、インクがざわつき、活字が勝手に暴れ出す。
おいおい新聞よ、落ち着けと言いたくなるが、落ち着かないのが新聞の本懐なのかもしれない。
本記事ではその一面を標本のように固定して、見出しや構成に染みついた熱を、いや熱というより熱に浮かされた気配をじっとりと舐めるように読み解いていく。
試合の余韻などという穏当な言葉では足りない。球場に取り残された歓声は、どこかで死んで、しかし死にきれず、活字に化けて紙面を徘徊しているのだ。
大勝という結果も、ただの数字のはずが、編集という手続きを経た瞬間に別の顔を持つ。意味を背負わされ、理由をこじつけられて因果をまとって、もはや原形をとどめない。
どの言葉が選ばれ、どの瞬間が切り取られるのか。その選択の連なりは、意志なのか癖なのか、それともただの気分なのか、とにかく一面という狭い場所に押し込められて、ぎゅうぎゅうと音を立てている。
ドミニカ共和国との一戦。結果は単純、明快、疑いようもない。
しかし紙面はそれをそのまま通さない。見出しはやたら声が大きく、写真は沈黙しているくせにすべてを語り、レイアウトはそれらを無理やり整列させて秩序を装う。
そこにあるのは再現ではない。もっとねじれた何か、解釈と呼ぶには図々しい、現実を好き勝手に曲げて差し出してくる、そういう強引な代物である。新聞とはつくづく、そういうものだ。
それではようこそ、侍ジャパン・スポーツ新聞アーカイブへ。

先発は戸郷。
次世代エース候補、などという、期待と呪いを混ぜ合わせた便利なラベルを貼られてマウンドに立つ。
だが、人生も野球も、そうそう全部が思惑通りに運ぶわけがないことを、我々はすでに骨の髄まで知っている。
そこへ現れる紙面の珍文。
「井上と米米CLUBを結成した戸郷」
何を言っているのか一瞬もわからない。X世代にとっては解読不能の暗号文、もしくはソネット、悪意のない呪詛である。
これを書いている途中で、誰か正気に戻らなかったのか。戻らなかったのだろう。戻れなかったのだろう。
野球の未来が暗いのではない。文章の現在がすでに夜なのだ。

国際大会で削ぎ落としたいものがある。
守備のミスと走塁のミス。
それが得点に絡めば、もう事件である。全力疾走とは根性論ではない。合理だ。数学だ。生存戦略だ。
そんなことは百も承知の栗原が、消化試合という名のぬるま湯に一瞬だけ足を突っ込んでしまったのかもしれない。
意味のないミスで、取れたはずの一点を宇宙の彼方へ放流する。
その一瞬の緩みは、新聞に残り、記憶に残り、そしてこうして文章になって、永遠に晒される。
野球は残酷だ。
だが残酷でなければ、こんなにも人を狂わせはしない。だから我々は、今日もまた紙面をめくる。
発行日:2024年11月19日
新聞名:日刊スポーツ
大会:プレミア12 2024 オープニングR
対戦カード:侍ジャパン vs ドミニカ共和国
内容:試合結果と主力選手の活躍