侍Jシリーズ韓国戦
わたしが居住するメンションの、まさに眼前に鎮座するスーパーマーケット。そこへ足を踏み入れると、時折、一人の子供と邂逅する。
その子は、わたしのうだつの上がらぬ風体を視界に捉えるや否や、あたかも前世からの約束を思い出したかのように、可及的速やかに接近。そして、わたしの保持する買い物かごの深淵を、一点の曇りもない眼差しで覗き込んでくるのである。
中に入っているのは、凡庸な日常を象徴する、これといって奇をてらわない品々ばかりで、子供の好奇心を激しく震わせるような玩具も、未知の果実も存在しない。
しかし、彼は初めて出会ったその刹那から今日に至るまで、執拗なまでに、かつ慈しみを持って、わたしの生活の断片を凝視し続けている。
他の客に対しても同様の検閲を執り行っているのかと、猜疑心にまみれた目で観察したこともあったが、驚くべきことに、その選ばれし特権を享受しているのは、このわたし独りであった。
その子の、憂いを含みつつも凛とした面構えは、巨匠アッバス・キアロスタミの不朽の名作『友だちのうちはどこ?』において、友のために山を越えたあの清冽な主役の少年に酷似している。ゆえにわたしは、彼を敬愛の念を込めて「スタミ」と呼称している。
互いの母国語が交わることはなく、音声言語によるコミュニケーションは皆無。しかし、そこには言語を超越した「何事か」が確実に通底している。
買い物かごを覗き込むというその行為は、決してプライバシーの侵害などという薄っぺらな暴力ではない。それは、魂と魂が火花を散らす、あるいは静かに溶け合う、きわめて形而上学的な「交流」そのものなのではないか。
「暴力は世界のいかなる場所でも決して容認できない」
そのとおりだが、これは今、どこに向けるべき言葉なのか。
あらゆる暴力が一刻も早く、全宇宙から塵芥となって消滅することを願う。
ようこそ、侍ジャパン・スポーツ新聞アーカイブへ。

強化試合、対韓国戦。新聞の一面を暴力的なまでのデカ文字で飾ったのは、読売ジャイアンツの岸田行倫であった。
「世界のKISHIDAへ」「侍正捕手弾」などという、過剰な期待と虚飾にまみれた見出しをブチ上げたのは、案の定、報知スポーツである。あな恐ろしや。
しかしながら、この韓国との強化試合を一面に持ってくるという、その偏執狂的な熱量を放ったのもまた、報知スポーツのみであったからどうしたものか。
この時点において、捕手は4人招集されていた。そのうち3名が翌春のWBC2026という狂乱の舞台へ登り詰めると喧伝されていたが、結果を知る我々タイムトラベラーからすれば、その予言がいかに残酷な選別であったかは言うまでもない。

強化試合という名の試練の場において、ルーキーの西川史礁と佐々木泰がトップチームに初招集された。
二人は確かに、バットという名の鈍器を振るい、確かな結果を叩き出した。しかし、WBCという名の聖域の前には、あまりにも高く、険しく、絶望的な壁がそびえ立っている。
侍ジャパンの野手陣、とりわけ外野というポジションは、才能と実績が血を流しながらひしめき合う、とんでもない激戦区、いわば阿修羅の如き地獄絵図である。そこへ入り込む隙間など、やはり微塵も存在しなかったわけだが、絶望の裏には希望の種が埋まっている。
来年のロス五輪予選となる「プレミア12」では確実に侍ジャパンの戦力になるんではないか。知らんけど。
井端前監督という男は、こうして執念深く、未来という名の荒野に種を蒔き続けていたのである。
一方で、この試合においてマウンドから殺気を放ち、快刀乱麻のピッチングを見せた曽谷。彼は、その腕一本で、WBC行きという名の、血塗られたプラチナチケットを力ずくで毟り取った。わお。
発行日:2025年11月16日
新聞名:スポーツ報知
大会:侍Jシリーズ2025
対戦カード:侍ジャパン vs.韓国
内容:試合結果と主力選手の活躍