侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームに関する二、三の事柄

【侍ジャパン 歴代ユニフォーム 03アジア野球選手権】

03アジア野球選手権札幌大会

アロー。バレーボールのW杯やってたり、ラグビーのW杯が始まったり、ライオンズの優勝争いが熾烈だったり、忙しいよね。混乱するよね。そんなときこそ落ち着いていつものことをいつもどおりにやるんだよ。一度にできることはそんなに多くないからね。なんてね。

というわけで野球日本代表、すなわち侍ジャパンのレプリカユニフォームである。長嶋茂雄が日本代表監督に就任、アテネ五輪で金メダルを目指す。というニュースが飛び込んできたとき、なんというか、時代が変わったなあ。などとしみじみ思ったものである。アテネ五輪予選を兼ねたアジア野球選手権に、遂にオールプロで臨むことになった日本。そのときのレプリカユニフォーム。


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出た。いわゆるひとつの長嶋ジャパン。for the flagのスピリット。このデザインが今のところ最も定着率の高かったユニフォームである。侍ジャパンとして全カテゴリーが統一されるまで、プロ・アマともにだいたいこれを着用していた。もちろん大会によって違うユニのこともある。わかりやすいのはWBCのときのユニフォーム。なぜそうなるかを説明すると日本野球界の複雑な組織体系について語らねばならぬのでまた今度。
で、この大会はテレビでずっと見てたけど、とにかくみんな硬くなってるのが画面越しによくわかった。先頭打者のこの松井もカチカチだった。こんなプロ中のプロでも緊張するのねえ、なんて逆に感心した。宮本なんて顔色が悪く見えたし。


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ジャパン!
事実かどうか知らんが、長嶋ジャパンのときのこのジャパンの日の丸、他のときのユニよりやや大きめにデザインされているとかいないとか。本当かい?他にも長嶋ジャパン仕様となっている箇所があるのだが、それは後ほど。


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「7」は譲らねえ。ショートも譲らねえ。二岡から「7」を奪取し、宮本からショートを勝ち取った。このときの松井稼頭央は誰にも負けない存在だったのだ。そして翌年メジャーへ。


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襟首のミズノである。やはり野球日本代表といえばミズノである。

今は違うけど。


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やはりライオンズのユニとは違う。何かが違うのである。独特の雰囲気がある。空気がある。重みがある。それがたとえレプリカであっても、だ。

ついでに、この03年アジア選手権と04年アテネ五輪のときの代表レプリカユニには、後ろ襟のミニ日の丸が省略されている。理由はよくわからないが、そもそも後ろ襟の日の丸の発案者がミスター長嶋で、アジア大会直前になってそんなことを言い始めたもんだから急な対応をメーカー(ミズノ)は強いられた。レプリカユニにまでは手がまわらなかった、っていう話を聞いたことがあるが、本当かどうかは知らない。

以前も書いたかもしれないが、基本的に五輪本大会よりアジア予選のときのほうがステキなチーム編成になるのでアジア選手権の日本代表が好きだ。シドニー予選、北京予選もそう。まあいろいろと大人の事情があってのことなわけだが。
松井稼頭央の日本でのラストゲームであり(後に日本球界に復帰するけど)、さらにアテネ行きを前にしてとんでもない事態が勃発してしまうこの代表チーム。とにかく色んな意味で思い入れのあるチームなのである。



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左が長嶋ジャパンのユニ。右が星野ジャパンのユニである。丸で囲んでいる箇所に注目!お分かりいただけるだろうか?と、「呪いのビデオ」風に言ってみる。長嶋ジャパンは「J」のロゴと「A」が重なってないが、星野ジャパンは重なっている。この長嶋ジャパンのユニは純粋に長嶋ジャパンのメンバーだけのデザインで、同ユニのレプリカやプロコレユニには反映されていない。


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2003年アジア選手権札幌大会プログラム。

 

夢は終わったんだよ。一人一人がそれぞれの場所で踏ん張るんだよ。

そんな感じで。

小林選手だけでなく、他の侍ジャパンメンバーのユニも選択可能です。↓