侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄。基本的には月曜、木曜更新です。

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【侍ジャパン 歴代ユニフォーム 北京五輪その1】

2008北京五輪

さて、東京オリンピックは果たして予定どおり開催されるのか。されないのか。中止なのか。延期なのか。心境としては五輪から2021WBCへとシフトチェンジしてます。でもやっぱり五輪で野球を見たい。侍ジャパンの映画を見たらさらにそう思うのだったが、個人的にはどんよりしてます。暮らす世間はさほど変化は見られませんが。まあ未来は暗いと考えるのはヘッチキブーなので上を、向いて向いて歩こう。

というわけで北京五輪の野球日本代表の、いや侍ジャパンの歴代ユニフォーム、レプリカユニフォーム。今日は星野ジャパンのレプリカユニフォームである。

 

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レプリカユニフォームに関しては、アテネ五輪のときの長嶋ジャパンから変化はない。背襟の日の丸の有無だけである。

 


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ここも同じ。やはり刺繍はいい。物理的な重さだけではない重みを感じる。レプリカだけど。

 


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3番である。北京五輪の3番は誰か。もちろんミスターではない。


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この日の丸がアテネ五輪の時との違いである。アテネ五輪では選手着用のユニフォームには日の丸はついていたが、レプリカとプロコレでは省略されてしまった。それはないじゃないか。北京五輪ではきちんと再現してくれたよ。

 


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ナカジ。中島裕之である。動きが重くなった今は読売で一塁のポジション争いをしてる。もちろんこの時は埼玉西武ライオンズでショートを守っていた。代表で宮本慎也に色々と守備のことでアドバイスされたのが中島にとっては転機になったらしい。ライオンズの守備コーチはなんなんだよ、と思ったが。

以前にも書いたが、北京五輪前のパリーグ選抜チームとの強化試合を東京ドームに見に行って、そのときこのユニフォームを持っていったつもりが中島ではなく長嶋茂雄のユニフォームを持っていってしまった。という思ひ出。

 

一人一人がそれぞれの場所で踏ん張るんだ!

がんばらない!怠けないこと!

そんな感じで。