侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームに関する二、三の事柄

【侍ジャパン歴代ユニフォーム シドニー五輪その2】

2000シドニー五輪

アロー。先日はお前さんたち、つまりはかつての野球日本代表、すなわち侍ジャパンのシドニーオリンピック頃のレプリカユニを紹介、したわけですが、今回もまた同様にシドニーあたりのレプリカユニフォームなのであった。


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基本的に前回と同じ。ただ細かい点で相違があります。


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デジャブではない。当然、前回と同じJAPANレターである。


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25番である。


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首回りのタグ。前回のものにはなかった。


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左裾の「m」マーク。前回とは色ちがい。

前回のユニを99年のアジア選手権のときのユニと仮定しておいたけど、今回のものも含めてあながちまちがいでもない。あらためて調べてみると、基本的に99アジア選手権と00シドニー五輪は同じユニを使用していたけど、いくつか違う点がある。


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それがこの「BFJ」マーク。

99アジア選手権ではプロ・アマ関係なくこのマークがついていたが、シドニー五輪ではついてない。あとは背ネームの有無。他にもあるけどそれはまた次の機会に。


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25番である。

では、この25番のユニフォームを99アジア選手権でつけていたのは誰かというと、それは鷹野史寿。同年のドラフトで近鉄に入団した選手である。当時は日産に所属していた。

そんな感じで。