WBC2013オランダ戦
鎮魂、などという。祈り、などという。
東日本大震災。この国に、わたしの、あなたの脳髄に深く深く刻み込まれた、消そうにも消えぬ記憶の断層。
それを「3・11」などと無機質な数字に記号化し、レトルト食品のごとくパッケージングする世の風潮に対し、わたしは腹の底から釈然とせぬ、ドス黒い違和感を覚えている。抵抗がある。凄まじくある。
しかし、そうして記号という名の防腐剤を塗りたくることで、かろうじて風化の猛威から記憶を繋ぎ止めているという、この薄ら寒い現実もまた否定することはできない
だろう。
そもそも忘れる? 抜かせ。忘れることなどできる道理がない。
だが、無慈悲な月日の流れは、鋭いヤスリとなって記憶の角を削り、いつしかそれは小石のように小さくなってしまう。
我々はどのような形であれ、その収縮に、その摩耗に、全力で抗い、じたばたとのたうちまわらねばならぬのだ。
本年元旦の惨禍についても、私は同様の戦慄を覚えるものである。
手元にあるは平成25年3月11日のスポーツニッポン。
11年前のその日、侍どもはWBC2次ラウンドにてオランダと対峙していた。
さらに奇妙な符号か、2023年の3月11日もまた、WBC1次ラウンドにてチェコ共和国と血で血を洗う(洗っていない)合戦を繰り広げていたのだ。

2次ラウンド第2戦。
侍ジャパンはオランダを相手に、あろうことかコールド勝ちという暴挙に出た。
準決勝進出決定。
わたしも東京ドームの喧騒の中に身を置いていた一人だが、そこはもう、祭りというよりは狂瀾怒濤の阿鼻叫喚。
日本が打つ。打つ。これでもかと打ちまくる。痛快? 確かに痛快だ。
だが、国際大会における「コールド勝ち」というやつは、金を払って観ている側からすれば、「まだ食ってる途中でしょうが!」と卓をひっくり返したくなるような、なんとも形容しがたい損害、欠落感を残すのである。

見よ、この本塁打の乱舞を。鳥谷!松田!
内川!稲葉!糸井!坂本!
計6発の白球が、ドームの空を切り裂き、狂ったように乱れ飛んだ。
対するオランダも、シモンズ、バレンティン、アンドリュー・ジョーンズ、ボガーツといった、他国の軍隊なら一国を焦土に変えるレベルの怪物を並べていたが、その多国籍軍を相手にコールド。
侍、恐るべし。

マエケンこと前田健太が涼しい顔で好投し、打線が火を噴き、東京ドームは熱狂の坩堝と化した。

一方その頃、地球の裏側では何が起きていたか。
メキシコとカナダが、野球のルールなどどこへやら、文字通り拳を振り上げ、本気の殴り合い、大乱闘を演じていたというではないか。
一方が祈りを捧げ、一方が乱舞し、また一方が肉弾戦。
この、あまりにも無秩序で、救いようのない人間の営みの同時多発的な現実。
それを思うとき、私はただ、ニヤリと、不敵かつ虚無的な笑みを浮かべるしかないのである。面白い。じつに、面白いではないか。
発行日:2013年3月11日
新聞名:スポーツニッポン
大会:WBC2013 東京ラウンド
対戦カード:侍ジャパン vs オランダ
内容:試合結果と主力選手の活躍