侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄。日本代表ネタ、国際大会ネタがないときは野球カードでつなぎます。お許しを。

【侍ジャパンの歴代守護神列伝!】

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今回は侍ジャパン、すなわち野球日本代表の歴代の守護神・クローザー・ストッパーを見ていきたい。

長丁場のレギュラーシーズン、ペナントレースとは違い、短期決戦となる国際大会ではカチッと守護神が任命されることは少なく、また、されたとしても登板数はあまり多くはないのがこれまでのパターンである。

 

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侍ジャパン 歴代メンバー年代順リスト

 

                           🔽Contents🔽

 

 

 

1984ロス五輪

吉田幸夫(プリンスホテル)

伊東昭光(本田技研→ヤクルトS)

宮本和知(川島製鉄→読売G)

野球日本代表が、公開競技ではあるが、初のオリンピックで金メダルを獲得した大会。次の金メダルは2021年の東京オリンピック。

アマチュア選手のみの野球日本代表の投手起用は、今では、というかプロ選手の侍ジャパンでは考えられない起用である。

全5試合という少ないゲーム数ではあるが、基本的には3人の投手によって先発・中継ぎ・抑えをローテーションでまわしていた。

元祖侍ジャパンのアンダースロー枠ともいえる吉田、帝京高校で石橋貴明の2年後輩である伊東、マーク・マグワイアにカーブで挑んだ宮本の3人である。準決勝でセーブをあげた伊東が決勝で先発、準決勝で先発だった吉田が決勝ではセーブをあげるという自由自在の投手起用だった。

 

1988ソウル五輪

石井丈裕(プリンスホテル→西武L)

潮崎哲也(松下電器→西武L)

野茂英雄(新日鉄堺→近鉄B)

決勝でアメリカ代表にリベンジされ、悔しい銀メダルとなったソウル大会でもまた守護神と呼べるような投手はいなかった。

ロス五輪同様に3人の投手、エース石井、魔球シンカーの潮崎、トルネード投法の野茂でまわしていた。

だが、絶対に負けられない決勝トーナメントの2試合では野茂英雄がクローザーを任された。

 

1992バルセロナ五輪

杉浦正則(日本生命)

オリンピック正式種目となったバルセロナ大会では、またしても最後にメダルをかけてアメリカと対戦した。3位決定戦だが。

銅メダルを獲得したバルセロナ五輪の日本代表の守護神はミスターアマチュアの杉浦と言えるだろう。

予選リーグ第4戦から3位決定戦まで、ほぼクローザーをつとめた。今のクローザーとはかなりイメージが異なり、ロングもこなしていたが、防御率1.72と安定していた。

 

1996アトランタ五輪

川村丈夫(日本石油→横浜B)

森昌彦(NTT東海)

前回王者のキューバにあと一歩及ばず銀メダルに終わったアトランタ大会。このときの日本代表もやはり守護神固定ではなかった。

主に川村丈夫(日本石油→横浜)と森昌彦(NTT東海)の二人が抑えを任された。

 

2000シドニー五輪

石川雅規(青山学院大→ヤクルトS)

杉内俊哉(三菱重工長崎→福岡ダイエーH)

山田秋親(立命館大→福岡ダイエーH)

河野昌人(広島C)

野球日本代表史上、初のプロ・アマ混合チームで挑んだシドニー大会であったが、周知のとおりオリンピックで初めてメダルを逃した。

やはり固定のクローザーではなく、アマチュアの石川、杉内、山田と、プロの河野らが終盤を投げた。予選リーグ第1戦のアメリカ戦では松坂→杉内のリレーである。なんかすごい。

ブルペンで唯一のプロ選手だった河野昌人は、計4イニングを無失点と貫禄を見せた。

 

2004アテネ五輪

小林雅英(千葉ロッテM)

岩瀬仁紀(中日D)

黒田博樹(広島C)

石井弘寿(ヤクルトS)

前年のアジア予選につづいてオールプロの代表チームとなったアテネ大会。アメリカ、韓国が出場を逃し金メダル獲得の最大のチャンスであったが、結果は銅メダルであった。

メンバーには幕張の防波堤・小林雅と通算407セーブの岩瀬らがいたのだが、やはり固定とまではいかず、状況に応じて黒田や石井らを使い分けていた。

不安定だった小林、岩瀬にくらべて黒田、石井は大会無失点と見事な活躍だった。

 

 

 

2006WBC

大塚晶則(テキサスR)

野球の国際大会では初めてとなる、メジャーリーガー参加が実現し、今では野球界の最高峰の大会となっているワールド・ベースボール・クラシックの記念すべき第1回。

イチローとともにメジャーリーグからの参戦となった大塚がクローザーをつとめた。

チーム最多の5試合に登板し、防御率1.59と安定していた。決勝キューバ戦での胴上げ投手なので、ラストの三振は何度も目にしたことだろう。

 

2008北京五輪

上原浩治(読売G)

藤川球児(阪神T)

岩瀬仁紀(中日D)

前年のアジア予選では、重要な台湾戦と韓国戦で上原がクローザーとして登板した。だが本選前のレギュラーシーズンでは調子が上がらず、代表落選も囁かれたが、星野監督の絶大な信頼から選出となった。

とはいえ代表には日本球界が誇るクローザーの藤川と岩瀬もいたので、この3人によるトリプルストッパーのような形になった。

最後の上原に繋ぐような試合展開が少なく、日本代表のストロングポイントであるディフェンス力が崩壊した大会だった。特に岩瀬は精彩を欠き、どうにかしようとした星野監督の采配もあって負のループに陥ったように見えた。

 

2009WBC

藤川球児(阪神T)

ダルビッシュ有(北海道日本ハムF)

この大会の侍ジャパンの守護神は藤川だった。日本球界が誇るクローザーで、2006WBC、北京五輪につづいての代表入りである。

だが、大会が始まっても本来の球威とキレが戻らず調子が上がらなかった。2次ラウンドまで無失点で抑えていたが、三者凡退で終えることもなかった。

絶対に負けられない準決勝で山田久志コーチが決断を下す。クローザーにダルビッシュ有。この起用によって、ある意味、あの伝説のロサンゼルス決戦、決勝韓国戦が演出されたとも言える。

 

2013WBC

牧田和久(埼玉西武L)

日本人メジャーリーガー不参加で挑んだ大会。準決勝プエルトリコ戦で、痛恨の走塁ミスでチャンスを逸し敗戦した。

山本監督から守護神に指名されたのは、ライオンズでもルーキーイヤーにクローザーとして新人王を獲得した牧田であった。牧田を軸に、山口鉄也、涌井秀章らが終盤を支えた。

この大会の牧田といえば、これまた伝説の2次ラウンド台湾戦でのダイビングキャッチだろう。だが、チームとしてのピークが決勝トーナメントではなく、ここであったのが悔やまれる。

 

2015プレミア12

松井裕樹(東北楽天GE)

MLB主催のWBCとは別の、WBSC主催の新たな国際大会である。メジャーリーガーが出ない国際大会、だけではよろしくない。プレミア12だけのカラーを打ち出さないと永続しないのではないか。ファンにからすれば、世界一決定戦は一つあれば十分である。

監督経験がないのに、日本代表の監督に就任してしまった小久保裕紀。

「勝ちゲームをしっかりと勝ち切ることが大切。その点では最後を締める投手が大切」と重要性を訴えた守護神に関しては、「相手の打順や打線の並びを見ながら、その都度決めて行きたい」と小久保監督は話した。

ここまで見てきてわかるように、この小久保監督の思想は、野球日本代表の投手起用の伝統にのっとったものである。それによりこの大会では松井裕樹と沢村を抑えの中心に置いて、山崎、牧田、則本、増井らがセットアッパーとしてつないでいった。

 

2017WBC

牧田和久(埼玉西武L)

準決勝でアメリカに敗れて2大会連続でベスト4に終わった。気づけば2009WBC以降は世界一から遠ざかっていた。

2015プレミア12と同様に日替わりでクローザーを決めていくと小久保監督は明言し、松井裕樹、平野佳寿、秋吉亮らが軸になると思われたが、なんだかんだで前回のWBCにつづいて牧田の起用が最多となった。

 

2019プレミア12

山崎康晃(横浜DeNA)

2009WBC以来の世界一である。WBCでの優勝ではないが、結果を出すことは大事である。だがこの大会は結果と同等くらいに、東京五輪に向けての稲葉ジャパンの試金石となる大会でもあった。

大会直前まで抑えは決めない、という方針でのぞみ、最終的には山崎康晃に落ち着いた。

山崎康晃の個人的な思い、前回のプレミア12の悪夢の準決勝で何もできなかった悔しさを想像すると、決勝で最後にマウンドに立っていた姿には万感の思いである。

 

2020東京五輪

栗林良吏(広島C)

ルーキーながら、プレミア12での守護神・山崎康晃に代わり大役を果たした。

開幕戦のドミニカ共和国戦では1失点だったが、それ以降は全試合に登板し、無失点でのりきった。MVP級の活躍である。

 

 

2023WBC

伊藤広海(北海道日本ハムF)

髙橋宏斗(中日D)

宮城大弥(オリックスB)5イニング

大勢(読売G)

大谷翔平(ロサンゼルスA)

所属チームでクローザーを任されている投手は栗林、松井、大勢の三人が招集されたが、栗林は途中離脱、松井は大会中も調子が上がらなかった。これらの事情も影響しているのか、大会を通しての絶対的守護神は置かれなかった。

侍ジャパンの投手コーチである吉井理人は、自身のチームである千葉ロッテでも、終盤のピッチャーは固定せず流動的配置である。短期決戦の国際大会では、守護神が固定されないのは珍しくはない。これは苦肉の策の場合もあれば、そうでない場合もあるだろう。

1次ラウンドでは伊藤、髙橋宏斗(2試合)、宮城が最後のマウンドに立った。高橋がオーストラリア戦で本塁打を浴びたが、あとは無失点に抑えている。とくに宮城はチェコ戦で5イニングのロングリリーフであった。

負けたら終わりの準々決勝・準決勝では大勢が最後を任された。準決勝メキシコ戦では2点ビハインド、もう失点は許されない厳しい状況を無失点で切り抜け、サヨナラ勝ちに繋げた。

決勝アメリカ戦は大谷翔平。二刀流の大谷翔平のみに与えられる称号「泥だらけのストッパー」という名文句が生まれた。マイク・トラウトとの現実離れした最終決戦は、伝説となり、骨のような言葉で語り継がれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

WBC2026の守護神は誰だ!

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