侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄。基本的に週休二日制。日本代表ネタ、国際大会ネタがないときは野球カードでつなぎます。お許しを。

【侍ジャパンの歴代1番打者列伝!】

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ロス五輪以降の侍ジャパンの歴代トップバッターである。

実に様々なタイプの1番打者が選ばれてきたことがよくわかる。

 

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1984ロス五輪

正田耕三(日本製鉄広畑→広島)

15打数6安打、打率.400、2盗塁

全5試合のうち3試合で1番を任された。打率4割は役割を果たしたといえる。プロ入り後は1989年に34盗塁でセリーグ盗塁王になっている。が、盗塁死も多かった。87年、88年には2年連続で首位打者にもなっている。

 

1988ソウル五輪

葛城弘樹(東芝)

19打数0安打、打率.000、1盗塁

予選リーグ第2戦の台湾戦以外の全試合で1番を任されたが、5試合で無安打に終わった。台湾戦で1番の西もこの試合では無安打に終わり、1番打者がノーヒットという大会であった。

 

1992バルセロナ五輪

大島公一(日本生命→近鉄)

29打数9安打、打率.310、出塁率.459、1盗塁

予選リーグ第4戦のドミニカ共和国戦以外の全試合で1番を任された。予選リーグ第3戦まではノーヒットだったが最終的には打率.310という好成績で大会を終え、銅メダル獲得に貢献している。

 

1996アトランタ五輪

高林孝行(日本石油)

38打数7安打、打率.184、4本塁打

全9試合で1番打者を努め、4本塁打と超攻撃型リードオフマンとして活躍したが打率は低迷して安定感には欠けていた。

プロ入りはしていないが、1994年アマチュア野球世界選手権、アジア大会、1995年インターコンチネンタルカップ、1996年アトランタオリンピック、1997年のインターコンチネンタルカップと、日本代表には欠かせない選手だった。

 

2000シドニー五輪

沖原佳典(NTT東日本→阪神)

35打数11安打、打率.314、2本塁打、1盗塁。

予選リーグ第1戦のアメリカ戦のみ田口壮が1番であったが、残りはアマチュア選手ながら沖原が努めた。プロ・アマ混合の代表チームの中でアマ選手では唯一の3割と活躍した。

 

2003アジア地区予選

松井稼頭央(西武)

11打数3安打、打率.273

アテネ五輪アジア地区予選となるアジア野球選手権である。翌年にメジャー挑戦してしまうので、本選のアテネ五輪には出場できなかったが、この時期なら文句なしの日本代表トップバッターだろう。前年にはトリプルスリーを達成していて、日本代表待望の選手だったといえる。アテネ五輪での活躍を見たかった。

 

2004アテネ五輪

福留孝介(中日)

38打数12安打、打率.316、出塁率.386

予選の松井稼頭央に代わり、トップに座った。1番打者ながらチームトップの10打点、トップタイの3本塁打で超攻撃型リードオフマンとして大活躍であった。打撃だけでなく、守備でも好守備を連発して輝いていた。

 

 

 

2006WBC

イチロー(シアトル)

33打数12安打、打率.364、1本塁打、4盗塁

生きる伝説のイチローが初めて日本代表のユニフォームを着た。2004年にMLBシーズン最多安打記録を更新して、プレイヤーとして最も輝いていた時期だろう。

並々ならぬ決意でチームを牽引した。特に第2ラウンドのアメリカ戦での先頭打者ホームランは、侍ジャパンの歴史に残るホームランである。

 

2007アジア地区予選

西岡剛(千葉ロッテ)

14打数4安打、打率.286、出塁率.333

北京五輪アジア地区予選となるアジア野球選手権である。前年のWBCで2番打者として大活躍、星野ジャパンではイチローの代わりに1番に抜擢された。3試合と試合数は少ないながら、出塁率はまあまあである。この頃の日本代表は今と違い、セカンドが人材不足でショートにいい選手が集まっていた。なので本来はショートの選手が日本代表ではセカンドを守ることが多かった。

 

2008北京五輪

西岡剛(千葉ロッテ)

22打数10安打、打率.455、出塁率.556、1本塁打、2盗塁

2006WBC、2007アジア予選で二遊間のコンビを組んだ川崎宗則が体調不良でスタメン落ちし、ライオンズの中島とのコンビとなったが、個人成績は文句なしの成績である。

 

2009WBC

イチロー(シアトル)

44打数12安打、打率.273、1盗塁

侍ジャパンの歴史に残るロサンゼルスの歓喜。あの決勝韓国戦での1打に尽きるが、そこまでの道のりは痛々しいものであった。大会前の段階では原監督は3番イチローを想定していたが、合宿、強化試合でも調子が上がらないことから大会では1番に変更している。大会がはじまってもイチローの調子は上がらなかったが、原監督はベンチに下げることはなく使いつづけた。それでも決勝まで行ったのだから、イチロー頼みの日本代表ではなくなったわけである。

 

2013WBC

前年秋の強化試合キューバ戦2試合では長野久義が1番を打ったが、本大会ではなかなか固定されず、4人の選手が日替わりで任された。

坂本勇人(読売)2試合、8打数1安打

長野久義(読売)2試合、9打数3安打

鳥谷敬(阪神)2試合、9打数3安打

角中勝也(千葉ロッテ)1試合、3打数0安打

伝説の第2ラウンド台湾戦での盗塁が強烈すぎる鳥谷がどうしても頭ひとつ抜けてしまうが、成績にはさほど差はない。

 

2015プレミア12

秋山翔吾(埼玉西武)

35打数9安打、打率.257、出塁率.333、1盗塁

同年にNPBシーズン最多安打記録を更新しての侍ジャパン入りし、全試合で1番を任された。だがシーズンほどの活躍はできなかった。3位決定戦のメキシコ戦でコールド勝ちを決めた2ランホームラン、悪夢の準決勝韓国戦でのファインプレーが印象深い。

 

2017WBC

山田哲人(東京ヤクルト)

27打数8安打、打率.296、出塁率.412、3盗塁、2本塁打

1次ラウンドの中国戦は田中広輔、2次ラウンドのオランダ戦は松田宣浩が努めたが、それ以外はすべて山田哲人が1番を打った。2年連続トリプルスリーを達成してのWBCである。能力的には理想の1番といえる。セカンドには菊池涼介がいるので、DHでの出場となったのがもったいない。

 

2019プレミア12

山田哲人(東京ヤクルト)

20打数4安打、打率.200、出塁率.385、1本塁打

オープニングラウンドの初戦は坂本勇人、スーパーラウンドの第2戦までは丸佳浩が1番を打ったがその他の試合は山田哲人が任された。稲葉監督の構想では当初は1番秋山翔吾の予定であったが、強化試合カナダ戦での負傷により変更を余儀なくされた。坂本も丸も調子が上がらず、山田がWBCにつづいての1番となった。とはいえ山田も決して好調というわけではなく、秋山が負傷していなければどうなっていたかはわからないが、トップバッターに悩まされた大会であった。

とはいえ何度見ても鳥肌がたつのが、決勝韓国戦の逆転3ランだろう。4年前の、同じく東京ドームでの悪夢の準決勝の借りをようやく返せたのだ。このホームランで山田哲人は大活躍した印象が強い。MVPは鈴木誠也だが。

 

2020東京五輪

山田哲人(東京ヤクルト)

右投右打

5試合 24打数 7安打 1本塁打 7打点 打率.350

打率は3割超えて、出塁率.435、3盗塁とじゅうぶんすぎるほどの活躍で、ジャパンのリードオフマンとして大会MVPを獲得した。

トップバッターとしてチャンスメイクだけでなく、7打点と流石の勝負強さだった。

 

 

 

2023WBC侍ジャパンの1番バッターは誰だ!

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