WBC2009キューバ戦:ニッカン
平成21年3月17日の日刊スポーツ
WBCというやつは、第2回までは「はいここからはアメリカでやりまーす」と、ある日突然ステージをひっくり返してくる仕様であった。
東京でぬくぬく観ていたはずが、気づけば海の向こう、時差、芝の匂いも違う、ボールの跳ね方も違う、観客のヤジの質も違う。「はいアウェイです」ドン。
今みたいに2次ラウンド(第5回は準々決勝)まで東京でやってくれる優しさ設計もありがたいが、あの急に突き放される感じ、「ここからは自分で泳げよ」という国際大会らしさも、あれはあれで妙に効く。
ぬるま湯から引き上げられて、いきなり冷水に放り込まれるあの感覚。ひゃっ、と声が出る。でも、その「ひゃっ」の回数だけ、経験値とかいう見えないゲージがじわじわ上がっていく。
気がする。たぶん。知らんけど。

で、2次ラウンド初戦、相手はキューバ。出ました、キューババババババン再び。
そこに現れる謎の左腕、チャップマン。170キロ投げるらしいぞ、という噂が噂を呼び、噂が独り歩きしてマラソン完走してゴールテープ切ってるレベルで広がっている。実物はどんなもんだ、と目を凝らすと、まあ速い。そりゃ速い。
速いんだけど、「170ってなんだったんだ」と、ちょっとだけ現実が顔を出す。
対するは松坂大輔。重たい空気を背負ってマウンドに立つ男。
そして紙面には「パパ頑張ったね」なんだこの温度差。昨日まで国際大会の重圧でヒリヒリしてたのに、急に家庭的。
そうか、長男1歳の誕生日か。おめでとう。いや今それどころじゃないだろ、とツッコミつつ、こういう雑多な感情の同居がスポーツ新聞の味だなあと、妙に納得してしまう自分がいる。

試合はどうなったか。侍ジャパン、つなぐ、つなぐ、またつなぐ。ドカンじゃない、コツン、コツン、コツン。気づいたら崩れている相手。
それが「コツコツ侍」
歴代◯◯侍の中でも出色のネーミング、地味すぎるだろ、と笑いながら、でも効く。じわじわ効く。キューバ相手に完封勝ち。しかもキューバの完封負けは、シドニー五輪決勝以来とかいう、妙に歴史の重たい一文がさらっと挟まる。
すごいことやってるはずなのに、やり方が地味だから、あとからじわっと来る。遅効性の感動。効き目は確かだが、来るのが遅い。いや、それがいいのかもしれない。

で、2次ラウンド第2戦、また韓国。はい来ました三度目。
三度目の正直か、三度目の正直ってなんだ、もう何回目かわからなくなってきたぞと頭が軽く混乱する。
記事はその韓国戦に向けてのもの。相変わらず調子の上がらないイチローに、なぜか託される期待。
「そろそろ来るだろ」「いや来いよ」「来いってば」と、全国民が勝手に念を送る念力大会。そして先発予定はダルビッシュ。
頼れるのか、頼っていいのか、でも頼るしかない、というあの独特の感情。
信頼と不安のミックスジュース。飲むとちょっと苦い。
その一方で、キューバ。あれほどの威圧感を放っていたチームが、この大会では2次ラウンド敗退。
あれ、もう終わり?と、拍子抜けするような、でもどこかで「ああ、そういう時期か」と納得してしまうような、不思議な感覚。強いものがずっと強いわけじゃない、という当たり前の現実が、静かに、しかし確実に横たわっている。
誰も大声では言わないけれど、ちゃんとそこにある。
結局、この大会の景色は、派手な一発と、コツコツの積み重ねと、家庭のぬくもりと、国際舞台の冷たさと、そしてじわっとした衰えや移ろいが、全部ごちゃ混ぜになって回っている。
ぐるぐる回る。笑って、盛り上がって、でもその底のほうに、ほんの少しだけ、ひんやりしたものが沈んでいる。
それに気づくかどうかは、その日の気分次第。たぶん多くの人は気づかない。気づかなくていいのかもしれない。でも、ふとした瞬間に、それは顔を出す。
そのとき、ちょっとだけ黙る。
そしてまた、次の試合を待つ。
発行日:2009年 3月17日
新聞名:日刊スポーツ
大会:WBC2009サンディエゴ・ラウンド
対戦カード:侍ジャパン vs キューバ代表
内容:試合結果と主力選手の活躍