侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームに関する二、三の事柄

【侍ジャパン 歴代ユニフォーム ロス・ソウル五輪その2】

1984ロス五輪

1988ソウル五輪

アロー。今回の侍ジャパンのレプリカユニフォーム。元祖・侍ジャパンというか、侍たちの源流というか、まあこれ以前にももちろん野球の日本代表というのは存在したわけだけれども、今の日本代表の歴史はこのあたりからはじまるんじゃないかと。
それはつまり前回と同じ。
ロス・ソウルオリンピックの頃に着用していた、であろうユニフォーム。
前回も似たようなユニをアップした。でもそれはミズノではなくSSKで、しかもレプリカとはいえかなりチープな出来で、胡散臭さ全開のユニだった。



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でもこれを見てよ。だいぶマシだろ?



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日の丸もJAPANのレターも刺繍だ。SSKのはアイロンプリントみたいなやつだったんだよ。



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23番である。この頃の日本代表で23番をつけていたのは誰か。まあ、何人かいる。とりあえずそれはあとまわしだ。



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ミズノである。とりあえずミズノ。時代を感じるロゴだ。とはいえこれが正規の日本代表ユニのレプリカかどうかは知らない。いかんせんだいぶ昔のものですから。情報もないし。



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さて、23番である。

このユニはけっこう長い期間使用されていて、判明しているかぎりでは83年のアジア選手権ソウル大会から91年のアジア選手権北京・天津大会まで。
83年のアジア選手権とロス五輪では東芝の福本勝幸という選手がつけている。
そして87年アジア選手権東京大会ではなんと、立命館大の古田敦也がつけている。なんか素敵だ。
残念ながらソウル五輪では古田は20番で23番は誰もつけてないが、それでもなんか素敵だ。
その後では89年のアジア選手権ソウル大会では日産の松井達徳選手が、で、最後の91年北京・天津大会では専修大の町田公二郎がつけた。広島に行った町田だ。これもやはりまた素敵だ。
というわけで、このレプリカユニは87年に東京で開催されたアジア選手権のときの古田敦也のレプリカユニ、ということにしておきたい。それでいいだろ?

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参考までに実使用。ロス五輪のホーム用ユニフォーム。偶然にも同じ23番だ。


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こちらがソウル五輪。どちらも野球博物館で撮影したもの。WBCとかやるたびにこういうのを展示してくれます。

ロスとソウルの違いは裾のミズノタグ、くらいだろうか。


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これはソウル五輪アジア予選を兼ねた1987年の第14回アジア野球選手権東京大会のプログラムである。もちろん日本開催。西武球場や神宮、横浜、そしてテレビじゃ見れない川崎劇場での開催。

第14回アジア野球選手権東京大会日本代表には伊藤敦規、古田敦也、長嶋一茂、野村謙二郎、中島輝士らが選ばれていたんだよ。

僕はもう大人になったよ、どんな天気でも出かけるんだよ。

そんな感じで。

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