侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄

侍ジャパンと、ユニフォームと

【侍ジャパンの歴史・記憶 06WBC前篇】イチローの「30年発言」に端を発した因縁の日韓戦序章。

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2006年WBC

日本代表メンバー

監督         
89 王貞治       
コーチ         
86 鹿取義隆       
84 武田一浩       
87 大島康徳       
85 辻発彦        
88 弘田澄男       
投手          
11 清水直行 千葉ロッテ
12 藤田宗一 千葉ロッテ
15 久保田智之 阪神
18 松坂大輔 西武
19 上原浩治 読売
20 薮田安彦 千葉ロッテ
21 和田毅 福岡ソフトバンク
24 藤川球児 阪神
31 渡辺俊介 千葉ロッテ
40 大塚昌則 テキサス
41 小林宏之 千葉ロッテ
47 杉内俊哉 福岡ソフトバンク
61 石井弘寿 東京ヤクルト 途中負傷離脱
61 馬原孝浩 福岡ソフトバンク 追加召集
捕手          
22 里崎智也 千葉ロッテ
27 谷繁元信 中日
59 相川亮二 横浜
内野手         
1 岩村明憲 東京ヤクルト
2 小笠原道大 北海道日本ハム
3 松中信彦 福岡ソフトバンク
7 西岡剛 千葉ロッテ
8 今江敏晃 千葉ロッテ
10 宮本慎也 東京ヤクルト
25 新井貴浩 広島
52 川崎宗則 福岡ソフトバンク
外野手          
5 和田一浩 西武
6 多村仁 横浜
9 金城龍彦 横浜
17 福留孝介 中日
23 青木宣親 東京ヤクルト
51 イチロー シアトル

ASIA ROUND GAME1

中国vs日本

   1 2 3 4 5 6 7 8 R
JPN 0 1 1 0 4 3 2 7 18
CHN 0 0 0 2 0 0 0 0 2

8回コールド
(日)上原、清水─里崎
【本】西岡1号、福留1号、多村1号


ASIA ROUND GAME2

台湾vs日本

   1 2 3 4 5 6 7 R
JPN 3 1 1 0 6 1 2 14
TWN 0 1 0 0 0 2 0 3

7回コールド
(日)松坂、薮田、小林宏、藤川─里崎、相川
【本】多村2号


ASIA ROUND GAME3

日本vs韓国

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
KOR 0 0 0 0 1 0 0 2 0 3
JPN 1 1 0 0 0 0 0 0 0 2

(日)渡辺俊、藤田、杉内、石井弘、藤川、大塚─里崎
【本】川崎1号


基本オーダー

1 RF イチロー
2 2B 西岡
3 CF 福留
4 DH 城松中
5 LF 多村
6 3B 岩村
7 1B 小笠原
8 C 里崎
9 SS 川崎

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「週刊ベースボール」06WBC特集号


野村監督(ついつい監督をつけてしまうね)が亡くなられた。野村監督に侍ジャパンの監督をやってほしかった、との声をよく聞く。同感である。ただ、五郎としてはトップチーム監督よりもU-23代表の監督をしてもらって、あと一歩、という若手選手の後押しをしてほしかったのです。


2005年の5月に新しい野球のワールドカップ開催構想が発表された。現行のIBAFワールドカップとは違う、メジャーリーガー参戦の新しい国際大会で、名称はワールド・ベースボール・クラシックと決まった。ここから少しずつ、細かいことが決まっていく。日本でも10月に代表チーム監督に王貞治が就任が決定。12月にイチローが正式に参加を表明。とにかく野球界において初めての試みなので、多くのことがスムーズには進まなかった。

「アメリカの選手からサインを求められるとしたら、日本代表の中で王監督が1番多くなるはず。王監督の偉大さを感じるし、そういう監督のもとでできる。恥をかかせるわけにはいかない 」
WBCに向けて始動したときのイチローの意気込みのコメントである。誰もが初めての大会なので、野球ファンもマスコミも手探りの状態、という感じで、日本人メジャーリーガーで不参加を決める選手もいた。ピッチャーの球数制限など独自のルールもあった。それでも中南米の国はほとんどがメジャーリーガーである。とにかくそこが重要だった。そんな真の世界一を決める国際大会、このWBCをイチローはどうしても成功させたかったのだろう。彼の大会前からの積極的な発言は、WBCという大会に世間の注目を集めることに第一段階としては成功していた。

アジアラウンド 東京ドーム

こうして始まった第1回WBC、日本代表は東京で行なわれたアジアラウンドで開幕を迎えた。このアジアラウンドを全勝で通過することを目指していた日本代表、なんだアテネのときと変わってないじゃないか、と思わないでもないが、やはりアテネ五輪のときとは違う。アジアで負けているようではアメリカでは到底勝てやしない、ということだったのだ。プロのプライドだとか面子だとかの話ではなかった。
「ただ勝つだけじゃなく、すごいと思わせたい。戦った相手が向こう30年は日本に手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」
アジアラウンド開幕前のイチローの発言である。どこ、というわけでもなくアジア諸国とのゲームに向かう意気込み、という意味合いだったのだろうが、韓国メディアが歪曲して報道した結果、野球における日韓戦は注目度が上がるようになった。06WBC以前の五輪などにおけるあくまで隣国のライバル、という程度の位置づけを大きく越えた因縁の対決として、悪くいえば国際大会で利用されるようになる。

アジアラウンド第1戦は中国。先発は上原浩治。この時代の日本代表の初戦は上原だった。4回にまさかの同点2ランを浴びるが、終盤は日本ペースで試合は進み、終わってみれば18対2の8回コールド勝ちであった。
2戦目は松坂大輔。勝てば2次ラウンド進出が決まる大事な台湾戦である。こういう試合の先発は松坂である。第1ラウンドの球数制限が65球ということもあり、松坂は4回を1失点で降板、薮田、小林宏、藤川とつないだ。打線は中国戦同様に15安打で大量14得点。多村は2戦連発となる3ランを放った。投打が噛み合い日本代表は2次ラウンド進出を決めた。
アジアラウンド最終戦は韓国戦である。共に2次ラウンド進出を決めている国同士の単なる消化試合が、イチローの30年発言により、意地とプライドが激突するアジアラウンド最重要ゲームとなった。先発は王監督から先発三本柱の一人に指名された渡辺俊介。日本代表は初回ニ死三塁から松中の内野安打で先制、2回には川崎のホームランで2点差とした。だが4回裏に韓国にビッグプレーか生まれる。ニ死満塁のチャンスに放った西岡の長打性の当たりをライト李晋暎がダイビングキャッチ。これで流れが変わってしまった。
先発渡辺は調子は悪くなかったのだが、シンカーが抜けることがあり、避けない韓国打者に3死球で、5回に犠牲フライで1点差にされる。藤田、杉内が無失点でつなぐが、8回表に石井弘が李承燁に痛恨の逆転2ランを浴びてしまう。最後は朴賛浩に抑えられ、日本代表はアジアラウンドを2勝1敗で終えた。最終打者はイチローであった。

後編へつづく。

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06WBCアジアラウンド公式プログラム