侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームに関する二、三の事柄

【侍ジャパンの歴史・記憶 92バルセロナ五輪】


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1992年バルセロナオリンピック

日本代表メンバー

監督
30 山中正竹

コーチ
32 荒井信久
35 野端啓夫

投手
12 佐藤康弘 
14 杉山賢人 →西武
15 渡部勝美
16 西山一宇 →巨人
17 小桧山雅仁→横浜
18 伊藤智仁 →ヤクルト
19 杉浦正則

捕手
10 高見泰範
23 三輪隆

内野手
  1 大島公一 →近鉄
  3 若林重喜
  4 西正文
  5 徳永耕治
  6 十河章浩
  7 小島啓民
  8 小久保裕紀→福岡ダイエー

外野手
  9 坂口裕之
25 佐藤真一 →福岡ダイエー
26 中本浩
28 川畑伸一郎


予選リーグ第1戦

日本     103 020 300 9
プエルトリコ 000 000 000 0
(日)小桧山─高見


予選リーグ第2戦

スペイン   000 000 1 1
日本     240 204 x 12
  (日)伊藤─高見、三輪
【本】佐藤真、徳永、小久保


予選リーグ第3戦

キューバ   004 002 200 8
日本     000 101 000 2
  (日)渡部、佐藤康─高見
【本】佐藤真


予選リーグ第4戦

日本     114 115 4 17
ドミニカ   000 000 0 0
(日)杉山、西山、杉浦─高見、三輪
【本】小島、佐藤真、小久保


予選リーグ第5戦

イタリア   000 012 00 3
日本     401 502 01 13
(日)伊藤─高見、三輪
【本】若林、徳永


予選リーグ第6戦

台湾     000 000 101 2
日本     000 000 000 0
(日)小桧山、杉浦─高見


予選リーグ第7戦

日本     010 004 101 7
アメリカ   000 100 000 1
(日)渡部、斎藤康、杉浦─高見
【本】徳永、若林

 
準決勝

台湾     100 111 010 5
日本     011 000 000 2
(日)小桧山、杉浦─高見


3位決定戦

日本     040 004 000 8
アメリカ   000 210 000 3
(日)伊藤、杉山、杉浦─高見


基本オーダー

1 2B 大島 
2 SS 十河
3 RF 佐藤真
4 1B 徳永
5 3B 若林
6 LF 小久保
7 DH 小島
8 C   高見
9 CF 坂口


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出典http://nikkansports.com/


めでたくバルセロナ五輪において正式種目となった野球である。スペインで誰が見るんだ、と今なら思うが、当時はとくにそういうことは思わなかったものである。今大会から予選リーグのシステムが変わった。前大会までは二つのグループに分かれていたが今大会から総当たりである。よって試合数が増えた。決勝まで進んでも五試合だったが、バルセロナでは九試合である。正式種目になったからだろうか。東京五輪では再びAとBの2グループに分かれて行われる。

代表チームは社会人中心の選出である。というかほとんど社会人である。唯一大学生から選出されたのが小久保裕紀であった。前侍ジャパントップチーム監督である。また、小久保はバルセロナで共に戦ったプロ経験のない小島啓民をトップチームのコーチに招聘している。他にも高速スライダーの伊藤智仁、エース格の小桧山雅仁、アンパンマン杉山賢人、後にミスターアマ野球と呼ばれる杉浦正則などがいる。また、監督の山中正竹は全日本野球協会の現在の会長である。

オリンピックにおいて野球が正式種目として採用されたことを祝してか、五輪日本代表の壮行試合として開催年の3月にアマ・プロ交歓試合が行われた。さらっと書いたがこれは当時としては画期的なことであった。今でこそ侍ジャパンとしてプロもアマも同じ代表ユニフォームを着て、さらにはU-26プロ選抜VS.大学日本代表などの試合が行われたり、シドニー五輪はプロ・アマ混成代表チームで戦っているが、詳細は避けるが柳川事件以降、野球界においてはプロとアマは長い期間断絶状態だったのである。
ちなみにプロ選抜チームには野茂、古田、新庄などが選ばれている。結果は9対10で日本代表は敗れたが、若手主体のプロ選抜とはいえ善戦である。

そして遂にオリンピックの舞台に姿を現したのがキューバである。ロス、ソウルでは政治的背景によって出場を見送ったキューバが、メジャー国際大会に登場したのである。リナレスキンデランを擁するキューバは当時の野球界で、世界最強と言われていた。

予選リーグだよ。プエルトリコとスペインを危なげなく退けた日本代表は第3戦で金メダル筆頭候補のキューバと対戦する。打倒キューバを掲げていた日本にとっては前半戦のヤマ場である。先発は左腕の渡部勝美。制球のいい変化球で抑えていくという皮算用だったが、キューバは強かった。リナレスに二本のホームランを浴びるなど、8対2の惨敗であった。
つづくドミニカ、イタリアからは勝ち星を上げるが、第6戦の台湾戦でまさかの敗戦である。台湾のエース郭李に完封を喫してしまった。日本の先発小桧山も好投したが、完封されてはどうしようもない。次のアメリカ戦、負けると予選リーグ4位確定である。そうなると準決勝の相手がキューバとなる。それは避けたいよね。
そんなアメリカ戦は快勝である。渡部、斎藤、杉浦とつなぎ、打線も徳永、若林にホームランが出て7対1である。これで予選リーグ5勝2敗で日本、アメリカ、台湾が並び、当該国同士の総失点で最終順位が決まった。日本が2位。台湾が3位。アメリカが4位となった。準決勝の対戦相手は台湾である。

準決勝台湾戦、当然エース同士の対決で、再び小桧山と郭李の投げ合いである。だが小桧山はいきなり初回に先頭打者ホームランを浴びてしまう。日本は2回に西のタイムリー、3回に佐藤真の犠牲フライで勝ち越すが、4回に追いつかれる。ここで小桧山から杉浦に投手交代するが、5回6回にソロホームランを浴びて2点差に広がった。郭李は5安打完投。台湾に二度もやられて日本代表の金メダルへの戦いは終わった。

「金と銀、銀と銅の差は大きい。でも銅と4位の差はもっと大きい」
3位決定戦当日の朝、準決勝敗退のショックから士気が下がった選手たちに山中監督がかけた言葉である。この言葉でチームは再び一丸となることができた。先発は伊藤智仁。2回に小久保のタイムリーから4点を先制。4回に1点を返されたところで早めの継投。杉山、杉浦とつないでいく。6回にまたも小久保のタイムリーから4点を追加して、8対3の快勝。金メダル、打倒キューバは果たせなかったが、アメリカに二度の勝利という結果を残して幕を閉じた。

伊藤智仁の大会27奪三振はオリンピックレコードである。

出せ!小さくたって大声を。