侍ジャパンと、ユニフォームと

野球日本代表、すなわち侍ジャパンのユニフォームなどに関する二、三の事柄。日本代表ネタ、国際大会ネタがないときは野球カードでつなぎます。お許しを。

侍Jスポーツ新聞アーカイブ5:北京五輪アジア予選 台湾戦 |スポニチ(2007年12月4日)

北京五輪予選台湾戦

平成19年12月4日のスポーツニッポン

 

2007年、この頃はスポーツ新聞をコレクトするぞ収集するぞといった気負いは、ほとんどなかった。

ない、というより発生していなかった。頭のどこにもその回路がない。ただ「まあ記念に買っとくか」と、軽い、軽すぎる、その場の空気に流されるまま紙を手に取り、レジを通過し、気づけば部屋のどこかに放り投げられている。

扱いは雑。雑というか、もはや無関心に近い。紙は折られ、曲がり、どこかに挟まり、気づけば行方不明。それが当たり前だった。

だが今は違う。なぜか違う。人は変わる。ある日突然、紙が紙でなくなる。ファイルに収められ、透明なポケットの中で整列させられ、まるで標本のように保存される。

なにをしているのか。自分でもよく分からない。ただ、あのとき雑に扱った紙の断片が、あとからじわじわと効いてきて、「お前、あれ捨ててよかったのか」と囁いてくる。

それに耐えきれず、せめて今あるものだけは大切にしようと、妙に几帳面な保存癖が発動する。遅い。遅いが、やらないよりはましだ、と自分に言い聞かせる。

しかもこの頃は、何も考えずに買っているから、紙の銘柄がバラバラである。ニッカンだったり、スポニチだったり、サンスポだったり、気分任せの選択の残骸がそのまま積み重なっている。

統一感ゼロ。

いま見返して、「揃えておけばよかったなあ」と思うが、思ったところで時間は戻らない。戻らないどころか、その不統一さが妙に生々しくて、「ああ、このときはこういう気分だったのか」と、当時の無意識がそのまま露出している感じがして、これはこれで気持ち悪くて良い。

推しのスポーツ新聞?ない。ないのに買う。理由もなく買う。この曖昧さ、このいい加減さ、それがすべてである。

 

 

 

 

北京五輪アジア地区予選、最終戦、台湾戦。勝てば北京五輪。負ければ終わり。分かりやすい。分かりやすすぎて怖い。

三日間、空気がずっしりと重く、どこを切っても緊張がにじみ出るような時間が続く。

しかも舞台は台湾。これがまたいい。いいと言ってしまうと語弊があるが、たまらない。東京ドームでの一体感ももちろん極上だが、アウェイには別種の毒がある。

空気がよそよそしく、視線が鋭く、音が違う。その異物感こそが、国際大会の本体ではないか、とすら思えてくる。

 

 

 

北京五輪アジア地区予選台湾戦2

 

試合。結果だけ見れば10対2。大勝。圧勝。だがそんな言葉で片づけると罰が当たる。

7回までは1点ビハインド、じわじわと首を絞められるような展開だった。

6回裏、先発のダルビッシュ有が、台湾の主砲陳金鋒に逆転ホームランを叩き込まれる。空気がひっくり返る。

おい、どうする、どうなる、終わるのか、終わるのかと、頭の中で同じ問いが反響し続ける。

胃が痛い。観ているだけなのに痛い。関係ないはずなのに関係してくる。この理不尽さ。

そして7回表、無死満塁。ここで出る。誰も予想しないサインが出る。え、そこでそれやるの、という一手。

大村三郎のスクイズ。すいぞスクイズ。

言葉にすると簡単だが、その瞬間の衝撃はそんなものではない。神経が一斉に焼き切れる感じ。痺れる、という言葉すら追いつかない。

そこから一気に流れが決壊し、得点が雪崩れ込み、試合は別の顔を見せ始める。さっきまでの重苦しさはどこへ行ったのか。いや、消えてはいない。裏側に沈んでいるだけで、その上を無理やり明るい出来事が覆っている。

 

 

 

北京五輪アジア地区予選台湾戦3

 

ラスト2イニング。藤川球児から上原浩治へ。興奮度が上限を突破する継投リレーで、台湾の反撃を封じ込める。

封じ込めるというより、ねじ伏せる。音を立てて、流れを止める。そして決まる。

北京五輪行き。決まった瞬間、何かが一気にほどける。だがその解放感すら、どこか現実離れしていて、あとからじわじわ追いついてくるタイプのやつだ。

 

 

発行日:2007年 12月4日

新聞名:スポーツニッポン

大会:北京五輪アジア地区予選

対戦カード:侍ジャパン vs 台湾代表

内容:試合結果と主力選手の活躍