北京五輪予選Lカナダ戦:スポニチ
平成20年8月19日のスポーツニッポン
2008年、あの頃はまだ、オリンピックで野球が終わるなんて、どこか現実味がなかった。でも決まっていた。北京が最後(当時)。つまり、これがラストチャンス(当時)となる。
日本野球界は総力戦で、もうね、目の色が違うの。普段は温厚な人まで、なんか目がギラギラしてるの。野球で金メダルを取るの。それが悲願なの。悲願って言葉、普段はそんなに使わないけど、このときばかりは誰もが平気で口にしていた。
悲願。悲願。悲願。まるで呪文みたいに。
で、「週刊ベースボール」は、1年以上前から「北京への道」。
道って。
そんな長い道、ほんとに歩けるのか。途中で迷子になるんじゃないか。でもみんな信じていた。道は続くと。北京に続くと。その先に金メダルがあると。
信じるっていうのは、だいたいそういうことだ。見えないものを、見えると思い込むことだ。

──で、いきなりカナダ戦。
予選リーグ第5戦。順番おかしいやろ、とか言ってる場合じゃない。ここで2勝2敗。もう後がない。ここで負けたら終わり濃厚。はい終了が濃厚。帰国が濃厚。黒歴史確定。テレビも新聞も全部お通夜。そんな崖っぷち。そこに成瀬善久。
7回無失点。
淡々と、投げる。表情も変えずに、投げる。あの人、たぶん感情どこかに置いてきてる。置き忘れてる。でもそのおかげで、日本は生き延びた。
打線は沈黙。びっくりするくらい沈黙。球場に音がない。あるのはミットの音と、ため息だけ。そこに稲葉篤紀がホームラン。
1点。
たった1点。でもその1点が、国を救ったのだ。いや、ほんとに。野球ってたまにそういうことが起きる。1点で世界がつながる。1点で歴史が止まる。

そして藤川。上原。完封リレー。もうね、これは儀式であり、神事。球がミットに収まるたびに、「まだ終わらないぞ」って声が聞こえる。
誰の声かは知らない。
たぶん野球の神。いるのか知らんけど。もしここで負けていたら。予選敗退。史上初。黒歴史。教科書に載るレベル。
「この年、日本は崩壊した」と記載され黒板に書かれる。試験に出るぞと。
それを、ギリギリで回避した。ほんとにギリギリ。紙一重。神一重。

──でも、知ってるんだよな。この先。俺たちは知っている。タイムトラベラーだから。ここからの巻き返しはないことを知っている。
あの粘りも、あの1点も、あの継投も、全部、物語の途中でしかない。四強入りもギリギリ。最終結果も、まあ、そうなるよね、っていう着地。
納得。いや、納得したくないけど納得。未来を知ってるっていうのは、そういうことだ。
あのときは全員、本気だった。泣きそうなくらい本気だった。でも結果は、別に用意されていた。
それでも。
それでもだ。
あのカナダ戦の1点。成瀬の7回。藤川と上原のリレー。あれは、確かにあった。
消えない。
負けた未来の中でも、ちゃんと光っている。だから野球はやめられない。ほんとに、困ったもんだ。
発行日:2008年 8月19日
新聞名:スポーツニッポン
大会:北京五輪予選リーグ
対戦カード:侍ジャパン vs カナダ代表
内容:試合結果と主力選手の活躍